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人が優越感を抱くと気持ち良いのは、子孫を残すため?

人間は他人と自分を比較して、優越感に浸ったり、劣等感に苛まれたりするものだと思います。

この「優越感」や「劣等感」というやつは一体何の役に立っているのか気になります。

気分が良くなる(悪くなる)からということであれば、なぜ気分が良くなる(悪くなる)のか?

心理学的な面での見解を目にすることはありますが、生物学的な見地から調べている人はいるのでしょうか。

 

例えば、以下のような論理であれば、生物の生きる目的の一つ「子孫を残す」のために優越感を持つことが有利と考えることができそうです。(2は根拠が弱いですが。。)

  1. 優越感を持つ(自分が優れていると考える)と自信が持てる→
  2. 自信を持つと異性にモテる確率が高まる→
  3. 異性にモテると子孫を残せる確率が高まる

つまり、気分を良くするために頑張って優越感を味わえる行動を取ろうとすることは、子孫を残すという目的のためではないかということです。

 

でも人が優越感を感じていそうなときって、周囲の人はあまり気分が良いものではありませんよね。

「どやる」という言葉があります。あれってどやっている本人はすごく得意気ですが、羨望の目で見ている人は少数で、ほとんどの人は嫉妬(劣等感)や呆れを持って眺めているのではないでしょうか。

 

では、優越感とは逆に、劣等感は何のためにあるのでしょう。

やはり、劣等感を覚えると気分が悪いので、劣等感なくすため、ひいては優越感を抱けるようにするために頑張ることに繋がりそうです。

ハングリー精神などを生み出す源泉になり、金銭や地位や名誉の面での成功を促すという事例も見聞きします。

 

ただ、嫉妬(劣等感)が個人を奮起させるだけなら良いですが、社会的に良くない方向に向かうこともあるため、注意が必要だと思います。

実際、嫉妬が高じて殺人にまで至ってしまうこともあります。

 

なぜ嫉妬で人を攻撃するのか。

例えばテレビに映っている人に嫉妬して、その人をこき下ろしたとしても、自分にメリットはないように思えます。

嫉妬を感じた人に罵詈雑言を浴びせたり、殴りつけたり、殺したりして自分に何の得があるのか?

 

これは、劣等感が優越感と表裏一体であることから説明が付きそうです。

 

攻撃は相手より優位に立とうとする行為だと仮定すると、

「攻撃によって優位に立つ」→「優越感を得る」→「劣等感を薄める」→「気分の悪さを軽減する」という論理ではないかと推測します。

 

上記のように考えると、人間は子孫繁栄を目的とした生物なので、優越感や劣等感を持つことは仕方のないことだと思えます。

(子孫繁栄は生物の原始的な欲望であり、人間はこの欲望を超えた理性を持っていると感じることもありますが。)

 

私自身はというと、優越感を味わいたくなったり、劣等感で攻撃的になりそうになったりすることが頻繁にあります。しかし、そのたびにそれを意識的に抑えるようにしています。

なぜかというと、人間関係で波風を立てたくないからです。

優越感を振りまくことは周囲に劣等感を生み、劣等感を抱くことは周囲への悪意を生むことがあります。私はこれが人間関係のひずみに繋がると考えています。

 

やはり、人間関係の悩みはもっともストレスを感じます。

私にとっては、なるべくストレスを感じないようにすることが最も重要であるため、今後もできるだけ自分の感情を制御してストレスを回避し、心穏やかに生きていきたいと思います。

なかなかできないんですけどね。逆にそうしなければという気持ちがストレスにならないようにしたいところです。